2018/05/16

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ごじゅご

強迫性障害

講義中暇だったのでまとめていたら再発しかけた。しかけただけで済んだ。
2018/05/15 – wanoh

熱中症

よくある話、「大事を取って休んだ」つもりが「わりとギリギリセーフ」だったようだ。
今日は最高気温28度で、冷房のきかない教室はなおムシムシしていた。
やや睡眠が足りていなかったりもして熱中症リスクは高かった。

寝不足の吐き気が出たと思いきや何だか違う吐き気だった。
脳がふわーっとなる。これも普段の不健康とは違う。
そして温度感覚がなくなってきたので講義をひとつ諦めて帰った。横になると、一気に疲れが出て、つらさがのしかかってきた。

助かった。

ごのじゅうし

強迫性障害

かなりひどかった。1年ぶりくらいにひどかった。大量にノートを書いてしまった。
不安を無視して動け論

おれの脅迫的な思考の特徴として、「曖昧な終わらせ方ができない」というところがある。
正確には、曖昧に終わらせると死ぬと思いこんでいる。途中で疲れて寝たりすると大体治るのだけど、その経験よりもその場の「なんやかんやあって死ぬ」という感覚のほうが強い。

あまり細かいことは再び思い出したくもない。要点だけ。
まず、俺は脅迫的な思考に入ると、細かいことを気にするようになる。論理的にはおかしくないけど、非常に細かい。
それを片手間の遊びや屁理屈ではなくメインタスクとしてやってしまうので、次第に脳の仕組みが崩壊する。

「不安を無視しよう」という、大体あっている理屈がある。
そこで「大体コレでやりながら微調整」ではなく、「コレを完璧にしないと」みたいな方向性に行ってしまった。
ついでに言えば、完璧主義をやめろってのも、「不安」とはまた違うが「致命的ではないこと」であるから優先度低めでやっていきたい。
「不安を無視しよう」という話に対しても、曖昧が気になってしまった。

曖昧でも死ぬわけじゃないんだから。
実際、どれだけワケワカメになってても、寝て起きたら曖昧でいいような気分に戻っている。
逆に、最初はまともな追求でも、追求を進めるごとに脳が変質し、だんだんと曖昧なおわらせ方ができなくなっていったようだ。

なので、「この手の思考」は、1日に30分位までにしようと思った。
悩みすぎることによって、悩みが無限に増えていったのだ。

たとえば

  • 不安を無視して動け
    • この方針に対しての曖昧な不安も無視
    • 経験則であり基本正しいといえるので、運用しつつ明確な問題だけを相手取る
    • 不安を無視することへの問題点は「理屈のない不安とはいえ無視したら致命的なことにならないか」だけだ
    • これは現実的には無視できる確率で、無視すべきことだと思う

こういう数行にまとめた時に、納得いかなかったりする。
だけど、「まとめた」段階で一旦思考を打ち切ってあとから見ると、だいたい納得できる。
なぜかといえば、思考が長時間になると本来悩まないところに不安が発生するなどで取捨選択ができなくなるから。
「悩んでたけどなぜ悩んでるのかわからない」とかすげー多いの。

一旦思考を止めて、あまり真剣じゃない気持ちで↑を読むと、「まあいいじゃん?」とは思う。
少なくとも、「不安を無視して動く」事自体は納得していて、それを採用しながら動けばいい。
なので「手や足を止めて、不安駆動で考え込んで、精神をすり減らす」必要はない。

もうおおまかな結論は出ているのだから、「不安を出さないように」ということが「理屈の整合性」よりも優先される。
いつも「でも大体では納得してるだろ」とか唱えてる。

オフ会

スマブラDXの対戦会,大会に5/20と5/27あたりに行く。金がめちゃ足りなかったらキャンセルだが今のところは行く。
スマブラやってるときに強迫思考は出ないのですばらしい。普通に楽しい。
そう、俺は曖昧に(というか普通程度の基準で)動けば普通に楽しくなれる。