後何日か

段々と精神が崩れていきながらも年末である。
やりたいことはひとかけらもできなかったが、ひとまず強制的な区切りとしての年末である。
実家に帰る気はなかったのだけど、「お前そのままじゃ勝手に栄養失調で死にそう」などの理由で帰っていい(帰らされる)ことになった。
まずは電車・バス・飛行機・車のコンボで死なないことを祈る。

今年はこれまでで一番頑張ってみた。一番考え事をした。
結果として、割合としても絶対量としても、一番無駄が多かった。
「無駄だけどためになったな」という話ではない。
むしろ「無駄だし今後のためにもならない」ということがはっきりした。

いまのやり方ではどうも本当に無駄でしかないということがわかった。
まあ、結局ためになったというか話が進んだといえるにはいえるだろう。

それでやり方を変えるんだけど、どう変えるかというと、一旦休むことにした。

今年の夏も、「俺は全部休むぞ宣言」を行って実際なるべく労働を避けたのだけど、
その夏の間はずっと強迫性障害(当時は不安障害と呼んでいたけれども)が出まくっていた。
7月と8月は全部寝ていたわけだけど、要するにそれでは足りなかった。
9月に「頑張ってみるか」と思ってしまい、ちょっと必死こいたら、悪化した。
8月時点では全体像が見えていなかったから仕方ないんだが…。

ちょっとコンビニ行ってきます
帰ってきました
実際は「帰ってきました」まで打ち込んでからデッパツしている。自分に釘を差しているのだ。
↓写真

写真を貼ることも出発前に決定している。こういう小さなことからやっていく。
そして最低限すぎるくらいでこなす。ハードルを予め用意してはいけない。首をしめるだけになる。
絶対に達成できることしか書いてはいけない。たとえば掃除は絶対ではないから書いてはいけない。
成功体験に繋がらなくなる。俺は現実に対して悪い学習をしてしまっているから大学関連ナドナドのことがらに拒否反応が出てしまう。
「つらいけどやってやるぞ」というモチベが発生し得ない。「つらいけどやってやウワーーーーーツライ」ってなる。
だからつらさを意識しないで済むところでまずは俺つえー体験ですね。ああいうのをやっていく。

決して掃除であるとか風呂を沸かすなどという難しい行為をタスクにしてはいけない。
もちろんできるひとはやるべきだけども。
要するに責任を負えるようなことだけをやっていく。俺は風呂に対して責任を負えない。
チャレンジとして行うのはいいけど、それは気分が乗った段階で行えばいい。
つまり成功したときだけこういう文章にしておけばいい。

ぜんぜん埋まってないtodoをみるのはつらいものだ…。
だから最低限だけにする。todoを再度目にして気づいた瞬間に終わる程度のtodoしか書かない。
掃除は瞬間では終わらないからダメなんだ。今はそんなに精神が持続しない。