終わりつつある

俺は脈絡のない不安や強迫観念とよべるものさえ耐えればなんとかなると思っていた。
だが耐えることはできても、その先が全くないようである。
耐える体制をとると、思考上の精神も物理的脳内回路報酬系も、当然物理的体力も終わってしまい、他のことができない。
他のことをすることで段々と成功体験を積んでいきたかったが、積めないことがわかった。わかってしまった。

終わってしまいつつある。
終わってしまいつつあることを俺に言われてもどうにもならない。もはや充分頑張ったとしか思えない。
悲しくなっている。それなのに物理的にだけみればたしかに俺は甘えているといえなくもない。それがまた悲しい。
広く認められる一定の結果を出した上で鬱状態になっているわけではないから休みたいと言ってもだめなのだろう。
こんな見えないまま耐えるばかりの精神疾患より数年治らない高熱と意識障害と無意識のうわ言でも出ればよかったのに。

無理であることの証明はできない。
そして俺は俺がどうも無理だと言っていることを理屈抜きで(他人または親類)に納得させるほど結果がない。
すなわち俺は「ホントはそういう人間じゃないけど狂ってる」のではなくて、「性格がクズ」として認識されている。
であるがゆえに、俺がもう無理だと言ったところで、外からはクズが悪化しているようにしか見えないのだ。

自分自身ですら、この数年の結果をもたらしたのが単にクズのせいだという疑念を払拭できない。


心が急速に折れたとしかいいようがない。
折れないようにしようとするたびにビキビキと音を立てる。だけど自分にしか音は聞こえない。
こういうとき、疾患は事実だと言いたいがために、実力行使に出る人間のこともよく分かる。
具体的には本当にアレする気もないのにアレ未遂をすることが有名ですね。アレ未遂した人に「嘘つけ」っていう人いないもの。
状況改善効果があるのは間違いないんだろう。俺は怖いし自己愛があるからそういうことしないけど。
しないと言うことはできるけど、でも21年生きて、過去7年ほど何一つ面白くない、何一つすらないにも関わらず、俺は頑張って耐えていただけなのかもしれない。
そろそろ厳しいのかもしれない。だんだん意思決定等々の仕組みが溶解し、不安定になっている感じがある。

願わくば学費をどーにかできる所得を。それがあったら俺は一瞬で状況をよくすることができる。