これ動いていいんだっけ?

だんだん精神が戻ってきている。
それでも、動くべきときに動くには多大な精神的疲労が必要になる。

それは特に「これ動いていいんだっけ?」という謎の不安感が出てきたときに顕著だ。
だれも自分が今やっていることを論理だてて完全に正解といい切ることはできないだろう。
不安から逃れようとして、理屈があってることを確認しようとして、自分にそれを要求してしまうのだ。
当然無理だし、だいたい自分が考えてることを把握できるほど平和な状態ではないので、余計に長くかかる。

ひとは「まあ大丈夫だろ」と動くだろう。というか動いて悪くなることなんて大してないのだ。
でも絶対にないとは言いきれない。冷静になった今だって言いきれない。
ただその0.1ミリの不安要素の方を大きく見てしまうのだ。常識で突破できるはずのところで常識より不安が勝るとこうなる。

精神が安定しないうちは「常識的に言って動いていいだろJK」みたいに言っても聞く耳を持たない。
だけどそこで思考を止めて息を止めて動くことはなんとかできる。それで後になってやっぱ動いてよかったなとは思うんだ。
まあそうすることによって「ああこれつらいけど動けばいいのか」という思考をつらいなかで出せるようにすればいいのか。

不安は1%あればいいけど安心は99%でも足りないんだよな。
俺は調子がいいときは30%くらいで「まあいけるやろ」って動けるんだけど調子が悪いときはこの調子である。