涙が出ないタイプの

そういう泣き方をしている。意味がわからないことが頭のなかにある。
一つ前のpostにも書いたように、かなりいい状態だ。でもそれは地獄の業火がふつうの火事になったようなもんで。要するに火を消し止めるには全然至っていない。

  • 特に問題なし
  • つらいが、思考や意志が保てる、行動ができる
  • つらくて、思考や意志が保てない、行動ができるが精神悪化しそう
  • 自分がつらいのかも何を志向しているのかもわからない

まあこのように段階があり、精神が波打っている。いまは上から2番めなのだと思う。ある程度動けるときに動かないことには、抜本的解決ってのはできない。


今は多分普通の思考ができている。
一時間前あたりまで、ちょっとやばかったね。「俺は何かを悩んでいて、でもそれがわからない」という思考に支配されていた。これ、「実際は悩んでない」ってことも同時に分かっている。なのに止まらない。
強いて言えば、(最近に限らずだが)俺は考え込みすぎていて、自分の思考の再現性が取れなかったり、メモの分量が多すぎて読み解けなかったりする。だからそういう不安感はあるかもしれない。

あーもうこういうのじゃないんだよ。
おれは「ジュース飲んでんじゃねーよハゲ!!」くらいの生き方がしたい。こういうのじゃない。

俺は一貫した思考を持つことができている(不安はそれになり変わるものではなく上にかぶさってくる)。そうに違いない。
不安が出てしまうときは、「どっか悩んでた気がしてしまう」という思考だ。そして俺は「悩んでないだろう」ということを口で発することはできるけど、明確な理由を述べることはできない。
「悩みの内容を思い出すことができない」→「だから悩んでない」というゴリ押しのようなやりかたしかできていない。
でもそれであっているのかもしれない。それいじょうのことをべつにみんなやっていないのかもしれない。
つまり「悩んでないんだから悩んでないんだよ」といえる程度に精神が安定しているということこそが「悩んでない」ということなのだ。

俺は今自分が悩みのように感じているものをただのストレス/疲れだと一蹴しなければならない。
だんだんと対処に慣れていき、「ただの疲れ」に還元していかなければならない。余計な不安をもたないために。

だいたい俺が考えてることなんてこの程度だ。
「動けるときは動け、動けないときは寝ろ」
「不安は無視しろ、無視できないときは寝ろ」
どこに理屈の問題があるのか全然思いつかない。
ただその思いつかないということがむしろ「ふあんがぜったいあって、おれはそれにきづけていない」みたいな発想に行ってしまいがちだ。

ストレスに対して解消する方向ではなくてストレスの再生産のような行動に終始している。
まとまらないのでおわり。げんきじゃないことはない。うごけないことはないのだ。