無の悩み

無を悩んでいる。
漠然とした悩みがあって、その悩みが漠然としていて、悩んでいるという事実以外が無でしかないことに悩んでいる。
言い換えれば不安感を取り除く行為が不安すぎて悩み放題になっている。
不安はあるのだけど不安の出処は全く現世にない。不安の出処がないのも不安だ。
理屈ではこんな糞つまらないループしても仕方ないことはわかっているのだけど堰が切れてしまっている。
7日間の糞溜めを経てやっとこさ動けそうな感じがする。課題が溜まりに溜まってるし課題を認知する行為すらしていないのでたぶん状態は予想以上(以下)だろう。

関係ないことを書くけど今記事の上下に広告を載せてんだけどあまりに広告密度が高くなるといけないので記事をある程度長くしていきたい
関係ないことを書きました。

ともあれ今はこの不安というゲームの操作に慣れてない、なので説明書を読んでもできるかどうかわからないようなことをやっていくしかない。
現状信用できるのは説明書だけだ。説明書はだって開発者が書いてるんだから感覚がいくら拒否してもある程度信用してやってもいいだろう。
説明書には「おまえは さっさとうごかないから そんなにきついんだよ」と書いてある。
それをとにかくゲロを吐きながらでも飲み込もうと頑張っている今の俺。

べつに全部が全部不安なわけではないけれども、わかったようなわかってないような程度にしかわかることができない。
そして9割わかっててもわかっていない部分を圧倒的注視して圧倒的不安に持ち込む黄金コンボを食らってしまっている。
思考停止で行動できるほど行動に対して信用が構築できてない。もっと思考停止で行動したい。
だからといって今無理やり突っ込むのはやはり怖い。これはわがままである。
いくら身体のいろいろな感覚がわがままを欲していたとしてもわがままだから、わがままをどうにかする。しないと。


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