条件付き抑うつ

Switch楽しみですね。あとPCが死につつあり(どうもメモリとか排熱とかハードが死んだみたいでパフォーマンスが安定しないしもとのスペックも所詮薄型ノートなので買い替え決定)ます。

ところで条件付き抑うつですよ。鬱病じゃなくて抑うつと書くとなんかズーンとしたもの一般になるので便利っぽい。
俺は「動いてないこと」を前提とした抑うつ症状が出ている。このブログでさんざ長々書いていたのもこの一文にまとまった。

すなわち実際動いてみたら「喉元過ぎれば」になるのだが、動き始めるまでは感覚の深いところからバグっていて、全部ダメに見える。
そして「鬱に近い何かには到達しちまってるんで抑うつ症状出ただけだろ」という結論が出るまで数日寝込むことが何度もあった。この一度出した結論が目に見えなくあたり薬貰えそうだ。

で解決法は「とりあえず動く」という行為に慣れてしまえーというシンプルなもんで、
いっぽうの現状は「ただ慣れてしまえていない」というこれまた一言だ。

スーパーシンプルな「さっさと動く」解決法というのは感覚を無視するということに他ならない。感覚がバグってんのだから文句はない。
文句はないがまず身体がトラウマやフラッシュバックじみて重い。これは「さっさと動くこと」を何百回と失敗したことで、そういう思考をした瞬間に悪い方に身体が流れてしまうから。
次に…まあ似たようなもんだが、「動くこと」にたいして報酬が紐付けられていない(なんていえばいいのか)、感覚としては「動いたから何なんだろう」っていう思考を呼び出してしまう。

全部無視して動くこと…は実は意外と簡単。動き出すときに上記の症状が来る。だから動き出すときには音楽かけてごまかしたりしている。
もちろんブログに書いて退路を塞ぐのも有効に機能している。ブログは書き慣れているから抑うつでも書ける。すべての行動がブログのように手をつけられるのなら。そうなったら抑うつではないな。

「やれることからやる」「音楽でごまかす」こんな表層的な対策が通用するくらいには症状の整理ができているといえる。喜ばしい。

今年の第1四半期はとりあえず大学のあれこれを終わらせて春休みにSwitchとPCのための金を稼ぐ。その後はその後考える。

追記:
今一番いいなと思った理屈が「動くのつらいけど精神病状態のつらさとは比較にならないよね」ってやつ。
「理屈があっても動くのはつらいな」に対してのカウンターなんだけど、そういう視点が抜けてるんだよな。
視点が抜けていて、動くつらさが動かないつらさ+動くつらさの合体に見えている。「動かないつらさ」って言っているのに気づかない。ネガティブ思考。
とまあこういう理論破綻を全部受け入れてしまうようなわけで「動き出せない」状態が構成されていた。
こういう凝り固まったネガティブやビビリを溶かしていくのだけど動くだけでいい。しかも動くのは動かないより楽だ。素晴らしい。