月別アーカイブ: 2017年10月

これ動いていいんだっけ?

だんだん精神が戻ってきている。
それでも、動くべきときに動くには多大な精神的疲労が必要になる。

それは特に「これ動いていいんだっけ?」という謎の不安感が出てきたときに顕著だ。
だれも自分が今やっていることを論理だてて完全に正解といい切ることはできないだろう。
不安から逃れようとして、理屈があってることを確認しようとして、自分にそれを要求してしまうのだ。
当然無理だし、だいたい自分が考えてることを把握できるほど平和な状態ではないので、余計に長くかかる。

ひとは「まあ大丈夫だろ」と動くだろう。というか動いて悪くなることなんて大してないのだ。
でも絶対にないとは言いきれない。冷静になった今だって言いきれない。
ただその0.1ミリの不安要素の方を大きく見てしまうのだ。常識で突破できるはずのところで常識より不安が勝るとこうなる。

精神が安定しないうちは「常識的に言って動いていいだろJK」みたいに言っても聞く耳を持たない。
だけどそこで思考を止めて息を止めて動くことはなんとかできる。それで後になってやっぱ動いてよかったなとは思うんだ。
まあそうすることによって「ああこれつらいけど動けばいいのか」という思考をつらいなかで出せるようにすればいいのか。

不安は1%あればいいけど安心は99%でも足りないんだよな。
俺は調子がいいときは30%くらいで「まあいけるやろ」って動けるんだけど調子が悪いときはこの調子である。

涙が出ないタイプの

そういう泣き方をしている。意味がわからないことが頭のなかにある。
一つ前のpostにも書いたように、かなりいい状態だ。でもそれは地獄の業火がふつうの火事になったようなもんで。要するに火を消し止めるには全然至っていない。

  • 特に問題なし
  • つらいが、思考や意志が保てる、行動ができる
  • つらくて、思考や意志が保てない、行動ができるが精神悪化しそう
  • 自分がつらいのかも何を志向しているのかもわからない

まあこのように段階があり、精神が波打っている。いまは上から2番めなのだと思う。ある程度動けるときに動かないことには、抜本的解決ってのはできない。


今は多分普通の思考ができている。
一時間前あたりまで、ちょっとやばかったね。「俺は何かを悩んでいて、でもそれがわからない」という思考に支配されていた。これ、「実際は悩んでない」ってことも同時に分かっている。なのに止まらない。
強いて言えば、(最近に限らずだが)俺は考え込みすぎていて、自分の思考の再現性が取れなかったり、メモの分量が多すぎて読み解けなかったりする。だからそういう不安感はあるかもしれない。

あーもうこういうのじゃないんだよ。
おれは「ジュース飲んでんじゃねーよハゲ!!」くらいの生き方がしたい。こういうのじゃない。

俺は一貫した思考を持つことができている(不安はそれになり変わるものではなく上にかぶさってくる)。そうに違いない。
不安が出てしまうときは、「どっか悩んでた気がしてしまう」という思考だ。そして俺は「悩んでないだろう」ということを口で発することはできるけど、明確な理由を述べることはできない。
「悩みの内容を思い出すことができない」→「だから悩んでない」というゴリ押しのようなやりかたしかできていない。
でもそれであっているのかもしれない。それいじょうのことをべつにみんなやっていないのかもしれない。
つまり「悩んでないんだから悩んでないんだよ」といえる程度に精神が安定しているということこそが「悩んでない」ということなのだ。

俺は今自分が悩みのように感じているものをただのストレス/疲れだと一蹴しなければならない。
だんだんと対処に慣れていき、「ただの疲れ」に還元していかなければならない。余計な不安をもたないために。

だいたい俺が考えてることなんてこの程度だ。
「動けるときは動け、動けないときは寝ろ」
「不安は無視しろ、無視できないときは寝ろ」
どこに理屈の問題があるのか全然思いつかない。
ただその思いつかないということがむしろ「ふあんがぜったいあって、おれはそれにきづけていない」みたいな発想に行ってしまいがちだ。

ストレスに対して解消する方向ではなくてストレスの再生産のような行動に終始している。
まとまらないのでおわり。げんきじゃないことはない。うごけないことはないのだ。

海ねこ

「海ねこ」。あの曲、スピッツで一番バカみたいでしあわせでーすみたいなイントロからの、
「はじめからこうなると分かってたのに」ってわざとすぎて故意すぎて、まんまとはまって最高になってる。
でやけくそみたいなパーパーパーですよ。スピッツやけくそのまま犯罪方面に行きそうな曲多すぎる。すぐ奪って逃げるからな。

別にライブでやるにあたってホーン大量にいるわけでもないから、アルバム出さない年のツアーかゴースカ(ファンクラブ限定ライブ)あたりでやってくれないか?。
魔女旅に出るもできるんだしさ。ただ魔女旅に出るも微妙なのにそれにも増して曲自体の知名度がやばすぎてゴースカですら反応悪いに違いない。俺のアカウントがバグって1万票保持するでもないと無理。
居酒屋でなぜかべろべろになってる草野マサムネさんに遭遇しておだてる機会でもないかぎり生で聴くことはないだろう。合掌。


スピッツここまでで俺の精神の話をしよう。なんかすごく回復した。半年ぶりくらいの水準だ。
ここ最近、5月から今までくらいか?、すべて理屈上では納得がいっていて悩むこと一つもないのに、何故か悩んでいる状況が続いていた。
その「何故か悩んでいる」ということが悩みとなってしまうもんだから「何も悩んでない」と言いつつ一日に6時間くらい思考ができなくなったり、思考が暴走したりした。

「けっして不安の相手をしないように」という意識を強めて、実際そうできている日々がしばらく続いたところ、急に抑うつが明けた。
この夜明けに至るまでは、前の記事にも克明に記されている(自賛)。
不安が自動で晴れるまで待つ日々 | 無害のモニュメント
「不安を無視しているけど不安が消えるわけでもないし、思考を妨害するほどの不安発作がなくてもストレス自体がつらく、思考ではなく身体レベルでも結局動けない」という状態だった。

根本が「無」を悩んでいるだけだと分かっているのならせめて趣味でごまかすという行為に頼りたかったが。
趣味どころか、趣味以前に人生の一部のように扱っているゲームさえも触れなかった。ゲームよりさらに原始的なところの睡眠に頼ることになった。
こういうのは、実際のところは動き出したらべつに普通にできるはず。ただし動く手前のところで精神的に硬直してしまう。
その「びびってるだけ」だというところも理解をしていて、理解をするにつれて動けなくなるような感じがあった。
完全な甘えのように見えるし実際そう思ったのだけど、かろうじてできたのは布団から起き上がって薬を飲んでまた寝るという次第であった。

なんで治ったのかよくわからないから書きながら考えている。
俺は精神的に参っている(今も別に健常ではない)、しかしやる気が失せるということはごく少なかった。
やる気があるのに身体への回路がつながらない感じであった。
物理的精神が「つらいいみわからんつらい」としか言わないがために、精神的精神が何を言っても何を理解しても仕方ないような感じだった。

これって「軽い抑うつ状態の一番深いところ」だったらしい。
薬を必要とするほどではないんだけど場合によっては危ない感じだった。危ないといっても命ではなく単位とかだが。軽いので。
そして「一番深いところ」の理想的な対応策は、何も考えないことであった。知ってたのにできなかった。
俺は生き急いだ。考え急いだ。俺はとっくにそこは越えたと思っていた。

まとまらない。
俺は思考ごと「悩んでるに違いない」というレベルを抜け出すことはできたが、そのあともつらさが残った。
「悩んでないし悩みを錯覚させようとするはたらきもないけど、つらい」というだけだった。
何がいけなかったかといえばそこで「じゃあ寝るか」というだけの精神余裕がなかったよね…


今後、ああいうときは眠ればいいのだということが分かるし、ずいぶん人生が楽になるのではないか。
むしろ人が「疲れたし寝るか」というだけのことをそういう苦しみ方しかできないままここまできたのか。
別にいつもそうだというわけではないが。

ポジティブな人間が一時的に潰れていたのとは訳が違う。
俺は本来ポジティブ気味な方なのだけどあまりにも行動力が欠けているし、そのために成功体験がなく(または順序が逆?)、
したがって判断材料の大半を身体の感覚が占めているらしい。

もう疲れた。またこんど