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不意に弁

なんか2年間音沙汰なかった人から連絡があり、なんとなく電話するかってなって、
流れでここのブログを無理に読ませ、そのあと精神と理屈は分離できないとか、分離できないことで常に悩まざるをえないとか言った。
彼は一旦悩みを止めて楽になれよとまあ当然そうだろうってことを言ってくれたけども、
俺としてはは納得いかないまま止めることはできないようだということを言った。

悩みってのは必要だと思っていて、ただ質が本当に悪いなと思う。
答えの見えないような悩み方/悩みの内容でありながら十分にポジティブに生活していけるのだろうか。
答えがないけども動くときは動くぞと割り切ることで可能となりそうなのかそうでないのか。
俺は納得がないと動けないと自己認識しているけどもそれは理屈の納得なのか身体の納得なのか。
身体の納得の閾値とかをいじることができるのだろうか。いじることで幸せになれるならそれが一番正しいのだろうか。

もうちょっとマシな悩み方をすれば豊かになるのになと思う。そして悩みがないのはよくないなと思う。
彼としては悩まないのが最高といった感じなのでそこで齟齬があって、大幅にずれているのによく話を聞いてくれたが、
ただ結果としてドン引かれただけの朝っぱらの電話であった。いやDiscordであった。


ブログ上では悩みを治したいと書いていたのが齟齬の原因。
治したいのだけどそれはよりよい悩みにするべくであって、消したいとは思っていない。
だって適度に苦しい悩みほど楽しいものはない。
もしかしたら適度に悩んで健康的だということを悩んでないというのかもしれない。それなら俺がおかしかった。

無の悩み

無を悩んでいる。
漠然とした悩みがあって、その悩みが漠然としていて、悩んでいるという事実以外が無でしかないことに悩んでいる。
言い換えれば不安感を取り除く行為が不安すぎて悩み放題になっている。
不安はあるのだけど不安の出処は全く現世にない。不安の出処がないのも不安だ。
理屈ではこんな糞つまらないループしても仕方ないことはわかっているのだけど堰が切れてしまっている。
7日間の糞溜めを経てやっとこさ動けそうな感じがする。課題が溜まりに溜まってるし課題を認知する行為すらしていないのでたぶん状態は予想以上(以下)だろう。

関係ないことを書くけど今記事の上下に広告を載せてんだけどあまりに広告密度が高くなるといけないので記事をある程度長くしていきたい
関係ないことを書きました。

ともあれ今はこの不安というゲームの操作に慣れてない、なので説明書を読んでもできるかどうかわからないようなことをやっていくしかない。
現状信用できるのは説明書だけだ。説明書はだって開発者が書いてるんだから感覚がいくら拒否してもある程度信用してやってもいいだろう。
説明書には「おまえは さっさとうごかないから そんなにきついんだよ」と書いてある。
それをとにかくゲロを吐きながらでも飲み込もうと頑張っている今の俺。

べつに全部が全部不安なわけではないけれども、わかったようなわかってないような程度にしかわかることができない。
そして9割わかっててもわかっていない部分を圧倒的注視して圧倒的不安に持ち込む黄金コンボを食らってしまっている。
思考停止で行動できるほど行動に対して信用が構築できてない。もっと思考停止で行動したい。
だからといって今無理やり突っ込むのはやはり怖い。これはわがままである。
いくら身体のいろいろな感覚がわがままを欲していたとしてもわがままだから、わがままをどうにかする。しないと。

普通の体調

普通の体調なのだけど、普通の体調のときに普通のことができない事が多い。

  • それによって体調が悪くなったり
  • 普通のことをしていないという事実ではなく架空の悩みをでっち上げて、それに迷い込んだり

してしまう。


脱出するためにはある程度の余裕が必要だ。課題に追われていてはいけないし、接客バイトなんてやっててはいけない。
そう接客バイトをやっているので余裕がなくなっている。
次は接客は接客でもスマホをながめてたまにシャワーとシコティッシュを片付けるネカフェの店員でもやろう。

普通のことをすることに対してトラウマとか抱えまくりなので、それを甘えの一種のように捉えて無理をして切り抜ける。
そうしないとどうにもならない。別の意識の持ち方があったとしても、どうせ無理に動くのは変わらない。

そして無理の総量はなるべくなら少ない方がいい。やはり余裕が必要。
余裕がないと、

  • まずつらさに対しての判断力がなくなり自分でも意味不明な思考を続けてしまう
  • 今の思考は意味不明だし本質が限りなく虚無である、という理屈が頭にあってもなおなぜか思考が続いてしまう

いまだに平均的な行動力を得たとかトラウマ解消されたとかはないので、たまに余裕が出たとき以外はいつも思考の暴走に悩まされてる。