20

別に今20になったわけじゃないけど、20過ぎてるんやなーって。
そして遂には20年前の話をするようになるのだろう。なるのだろうか?記憶は10歳以降しかないから30歳で話し始めるのか。

聴く音楽の幅が広がって嬉しい。耳腐って雑に聴いてるんじゃなくて、これまで自分の枠に入らなかったやつを別枠で聴けるようになった。
ロックとつくものはだいたい聴ける。それでもフォークぎみのロックてきなやつがよい。フォークの文法で作ったやつが。

1分経ったら15秒経ってて、3分経ったら5分経っていたような曲がいい。
可能なら現実時間では3分半までの曲がいい。
たぶんスピッツの1曲が6分だったらこんなに聴いてない。

分けて考える

感覚と理屈を分けて考えることが下手だ。自分で理屈だと思っていたものが感覚依存のものだった時の被害は甚大だ。

最近キツいなー治さないとなーと思うのは、感覚を無視できないこと。
俺はそもそも抑うつ傾向にあり、自分の感覚を掘っていくと基本ネガティブが出てくると分かっている。
分かっているくせに、「なんか気分乗らない」みたいな感覚に意味を求めすぎる。
理由はあるけど意味はないので相手してはいけないと分かっている。…
しかし時折、「分かっているのになんかおかしいぞ」ってなって、アレもしかして無視しちゃいけないだるさだっけ、って考えてしまう。落とし穴である。

そうか今はだるくていいのかっていう理解でもって遂にだるくなくなった。バカみたいだ。
俺は「すべてすっきりした、じゃあ勉強でもしますかね」っていう今でさえ身体が全く乗らないが、それが自然だ。

あげあげ

精神的調子が戻ったが、戻ったことに苦悩している。
色々こじつけは発見できるが結局はなんとなく治ったので腹が立つ。解決した感がない。そして再発する感がすごくある。

絵をやっていきたいが描きたいものがない。だけど描く。ということが一番大事になる。
別に目的がない行動が嫌いではないが、身体のほうがもたない。結果という栄養を与えないといけない。

なんでもいいから動くぞってとき、実際動くと納得出来ないことが多いが、動かないと大抵思考がバグりだす。
バグはまずいので、自分から納得しない方に行く必要がある。まだ納得できる行為は見つからない。
どうも納得のしなさは行動自体ではなく俺が抑うつ傾向にあることから生み出されているようだ。
寝てて治るものじゃない。自分の感覚を無視して動けってなる。でもそういうの限界がある。頑張るんではやめに感覚が改善してほしい。

別に悩むもんでもないただの不安だと思う。理由がどこにもみつからない不安。抑うつ。
だけど俺は自信と呼べるものがないから少しの不安をもろに喰らっている。
「うまくいってない」が「うまくいってない」を生んでしまう。

それでもやはり、調子は戻っている。
上り調子なのだが借金自体は残っている感じ。だんだんと治すしかない。