高校の悲しさ

用があって高校の勉強してると、楽しくも悲しい。

悲しさのひとつは、楽しい部分多いのに精神不調で無駄にして、ボケボケのまま今までやってきたのか。そういう後悔。
もうひとつは、仮にいざ今15に時が戻って高校入学したとして、それでも、まだ体力が足りなくて鬱になるのだろうなと思うと。

まだまだ人間の完成度がダメだと感じる。ただ人間が組み上がっていないのではなくて、部品を一つ忘れていたのを、分解して中に埋め込もうとしているところだから、それさえ済めば一気に変わると思う(そして実際変わりつつある)。だから未完成でも今の状態に不満はない。

ただ、中学と高校…中学と今だと精神の連続性が怪しいガキだったので高校に限定しても、あの期間にぶっ壊れなければなあと思わずにいられない。そして何で泣いてるかもわからないまま泣きながら登校し、ついに生き残ったことは唯一の収穫で、それには最高の評価を。


高校で何がいけなかったかというと、まず学習習慣が死亡したまま&軽度鬱持ちで入学、そして入学後あっさりストレスに負け過睡眠が出てしまい生活も崩壊。
そして一度崩れたところに親や学校がスパルタ式であったのでみるみる精神が悪化して不登校化完了。どれだけ正しいらしいことを頭で考えても精神が重すぎて何も手につかず、手につかないことでさらに悪化。
いま「多少の無理は必要」と言われるのと、当時そう言われるのは負担が違いすぎる。これ典型的な鬱や。

(精神以外では学習習慣のなさが一番の問題だった。少しだけ課題やるかーって時の負担が慣れてる人と違いすぎる。課題の前で粘るにつれ、だんだんぼーっとすることのほうに慣れてしまう。精神が崩れたときに、それでも課題やったしすっきりして寝るぞ、って方向の解決ができず、結果自分の何かが崩れたときに復帰できる手段がない。全て溜め込んでしまってどこに行くのかというとさらに精神を侵す。甘ちゃんであることが最初の問題であったが、甘ちゃんであることをその場で(過ストレス環境下で)どうにかする方法が見つからず、また実際方法はなかったようだ。レベル上げないと強いモンスター倒せないよっていうけど付近の敵が強すぎて一体も倒せず詰んでるような。結局レベル上げのためには正攻法よりも助け舟が必要であり、だれも俺のプレイ中に横から覗き込んで「これ詰んでない?」と言って気づかせてくれる人はいなかった。

最終的に、どこかで無理は必要だ」ということは了解しているが、下準備もなしに強要することは人を壊す。
で最終的は時間が解決してくれたらしい。卒業してプー太郎になりとりあえず寝たことで思考が回るようになり、やっと溜めた理屈を精算したりできるようになった。
俺はまともな精神で高校に行ってみたかった。そして現在においても、まだまともには遠い。