拒否反応

行動ができないマンも板についてきた。
本当はブログ書く前に行動を積み上げるべきだ。
今日は多少頑張った(頑張れた)のでブログを書くなどする。

↑の話は本題にも関係していて、
その本題というのは気晴らしができないということ。

例えばアニメを見るより宿題進めるべきなのに1ミリも進まないもんでアニメなんて見れやしない。
その横で25分熱中してアニメを見たあと5分で宿題終わらせる人がいるからひどい話。
気晴らしも休むことも控えて動こうとしているのに動けない。

「口だけ」という言葉がかなりの悪口であるように、動けないということの罪は非常に大きい。
動き慣れていないということは、これまでの罪の意識とこれからも罪を増やすんだろうかという怖さを自分につきつけ続ける状態だ。

アニメは一段落してから見るぞ、という考え自体は間違っていない。
だが一段落すらつけられないのなら無意味な正解だ。いや、それを通り越して苦痛だ。
自分の行動の能率は、そもそも行動がないためにゼロではなく計測不能だなと思ってしまって、そうすると音楽なんかも楽しくない。結果が出せる人の制作物を聴いているんだなあと思うと。

動けないという状態は本当に疲れるものだ。ほんとうにほんとうに疲れる。

そして大方の場合「慣れ」が足りないだけだということ。これが重要で、
「動かないということ」に理屈の上ではなんのメリットもないのに選択し続けているのは、
身体レベルでは「意味もなくつらいことをする」程度にしか見えていないから。
報酬を身体で受け止めていない。成功体験がない。

最初が一番難しいんだと思う。
身体が拒否する(誇張ではなく)中でむりやり成功体験まで持っていくことなんだろう。
気力勝負なのだが、その気力っつうもんもなかなか充実しにくい。