月別アーカイブ: 2016年11月

雨戸

雨戸を閉めたらいつも台風来てるみたいになってテンションが上がりっぱなしだ。
台風でもないときに閉めたので、実家なら悪ふざけと思われてただろう。
目的は防寒。暖房代で2000円くらい変わってくるようだし気分転換にもなるなら閉めるでしょう。
防音性能はなかなか。環境音があったほうが眠りやすいたちなので妙な静寂は気持ち悪い。台風に限らない非日常感が静寂にはある。
静寂の中で風呂に入ったら変にのぼせるだろうな。そういう感じでたかが雨戸できゃっきゃしている。

感覚を適度に無視

感覚通りに動いていたら寝るだけになる。動物は寝てたら十分その日を暮らしきったことになる。

クズから脱するには感覚を無視することが多かれ少なかれ必要。
特に、方向性(やりかた)がおかしいのではなく方向(行動)がない場合は絶対にギャップが発生する。

「感覚を無視したらうまくいくっていう感覚」が助けになったりもするんだけどマジのドクズはそれもないので苦労するってことを書きたいけどこの一文以上説明することもないしめんどくさいのでおわりおわり

好きなことを

好きなことをやりたい

それで生きていきたいとかではなくて、マジパないんスよ。マジでそれななんですよ。うわきも(嘔吐)、、、
つまり人間が最低限生きていくための趣味、その趣味さえ行動力不足のとこで失敗させていっていたらしいことに先刻気がついて。
趣味が負担になるとこまでこじらせているわけですな。身体が天邪鬼になっていて、もはや寝ようと思ったら眠れなくなる始末で、だから思ったことをすぐにやるべきだし、(失敗由来のストレスで数日死ぬのを無視できる余裕があるのならいいが)確実な成功がないとまた成功率が下がって苦しむのでした。例えば入眠すら苦痛を伴ってしまうのだが、それは入眠がつらいのではなく入眠にかかって天邪鬼が働くことで入眠から逃げようとしてしまうから。

行為は停止に比べて絶対にだるいのですが、たとえば焼肉を食うことも口に入れるまでは労力は報われていない、入眠をしようとするとたとえば布団をきれいにするなどするときにだるいですね。だるいですよね。
結果きれいにせず寝るとしてもきれいにする以上のだるさを感じるのはそういう精神状態だからで、救いがない。
布団を手でペイっとするそのだるさが見えた瞬間にトラウマなのかビクついてしまい心臓がバックンバックンのパックンマックンになり寝るどころではなくなるのですね。
で結局きれいにできない布団と床で頭を突いて固定された人間が誕生するわけですね。
行為すべてのだるさが回収できる経費じゃなくて赤字そのものに見えるわけで、最後に残るのは、なんだかんだ固定の快楽部分がでかい睡眠だけで、その睡眠もジリ貧行為でしかない。
例えば飯を食うことも頓挫してしまいストレスとともに体力も落ちてストレスで長時間睡眠になり一夜にして転逆夜昼になりますね。ずっと夜なら。

そしてすべて失敗する(というより失敗する夢を見て行為ができない)人はまったく何もしない方向に落ち着くわけでした。


で今回こんなの書いてるのは

上記のことが治りかけたから書いているのでして、
解決法は「無理して成功させることでトラウマを消す」ことなんだがこの試みも失敗することが多い。
そして以前一度完全にぶっ壊れ、3年ほど寝させていただきましたが今回はその前になんとか「無理を通す」ことに成功、ギャップでハイになりながら野山を駆け回っている。
目や手や脳の苦労を無視してでもプレイした新作ポケモンなんてのも一つの助けになったのは間違いない。どこでビンのフタが空いたのかは定かではない。
あまりにも全部失敗するもんで欲求にフタがされていたらしく、今はあれやりたいこれやりたいと思考がめぐりすぎて胃からも何か出てきそうでうずくまっている。
ここんとこで欲求を成功させることがまず大事なのだと思う。絶対あってる。好き好んでやることすら不可能になっていたらそりゃ人間もだめになる。
今はその好き好んだものをそれでも絶対失敗させずやり遂げるというところが重要らしく、一方でそれすらできない状態にいたことにぞっとする。
失敗というか主に行動力不足・頓挫の形であらわれているので、無理に動き続ければたいてい成功できる(と分かっていても天邪鬼を突破できず今回も年単位の我慢の末に少し光が差した))

状態から抜けつつあるときだから言えるけれど意味がわからない。でも人間は宗教などにはまるので現実の理屈の意味だけにそって生きているなどと思いあがってはいけない

全体にわたって文末の処理が敬だったり常だったりするのは今のテンションまんまだと思っていただけたらいい。危なくて人に会えやしない。