月別アーカイブ: 2016年5月

ほとんどの人は感情が浮き沈みする経験があるだろう。
いま、沈んだときに沈んだままなにもできないので、
いい感情は1日で終わるのに悪い感情は2週間くらい引きずるので、割にあわない。

ただ生まれながらにして人生に向いていないというわけではなく、もっと最近できあがった物理的な自分の性質が向いていないため、
一言で言えば治せる。治せることを理解してなおつらいことが重なってしまっている。
俺はもう一生向いていないんだと思えば飽きるまで生きる気にもなるかもしれないが、そこに解決可能でその経過も解決のあとも楽しそうなことがあるのに、自分をそこまでもっていけない。

実のところ期待を持って行動するということに疲れてしまった。かといって期待できるものがゼロなのに行動できるほどタフでもない。
感覚として理解できていないが、おそらく、根っこでは自分を諦めている部分がある。
そうでなかったらこんなに思考と行動が一致できない人間が出来上がるはずがない。
そして思考の中ではすべて改善策などというものは閉ざされていて、だから思考の外で無理に動こうとしてきたが、まあつらいね。そしてあまりにも結果は出ず副作用が直接ネガティブにさせる。
考えても考えなくてもネガティブがくるのをかわしたり、時間を贅沢に使って回復したりしながら、やっぱり追いつめられてる。
この、とにかくやるぞ、という部分、そしてそれを毎度成功させることが、俺に満足感を加えたような人間と、俺の差なのだろう。
そして調味料だけ揃えても料理ができないように、俺が思考から行動にうつそうとする数年の試みは、それが思考外の行動力がないと無駄だと気づけた以外、ぜんぶ無駄だった。

荒れている

ラーメン作ろうと思って蛇口を開けた途端になんで蛇口開けたんだっけとりあえず出しとくか(?)と思って半日放置したのでもうだめ。
現実に現実感を持ってのぞめない。そんなときもパインアメがおいしい。うまかっちゃんもおいしい

自覚している以上に

自覚している以上に疲れているのか、疲れていないのか、
そもそも、主に精神の疲れであるので、体がつらくて問答無用なそれとは違い、吹っ飛ぶ時は一瞬で吹っ飛ぶ。

夜になるたびに必死な気持ちを空回りさせて失意の中で寝て、朝起きたときに目の中に絶望的な残像が残っているようなことがあり、
一時期は治っていた自信喪失の連鎖がここにきて再来してしまっている。そして今自信喪失と湧き出る自信が殴り合いをしていて、それとは関係なしに俺が弱っていく。

疲れが吹っ飛ぶような自分を自分に見せてやりたい。