ごめんなさい

ごめんなさい、俺は、人よりものごとのつらさを耐えることができません。

俺はいま、当たり前のように休んでいるんだけど、つい先日まで頭痛とストレスに苦しめられながらも元気に大学行っていた。
しかし耐えているうちに心がポキリと折れてしまったのでした。つらさは累積するもんだ。
よく行けてたなあなんて思ってしまう。つらさの程度は変わっていないのに、改善しようという方向に心が向かない。
それでも、俺は生来無理をしてやっと人並みに労働ができるので、心が向かなくともむりやり通っていたが、いまは同じ思考があって動こうとしても涙がにじむだけ。

涙とともに単位がぼろぼろ落ちるけれど動けない。動こうと人一倍、いや人三倍は考えているから、動けないということも三倍つらい。
考えずに動けって人は言うし、俺もだいたい賛成。15日動いたら7日ダウンする人間でなければそれでうまくいっただろう。
へらへらして講義中にくっちゃべってるやつのほうがよっぽど評点もらえるんだぜ。人のことなんて考えていない奴らが。
俺は10歳まではいい子だった。そして今も「行動力の欠如」と、「それを改善するための行動力もまた欠如している」ということ以外はまあまあいい子だよ。


しかし俺の耐えられなさ・肉体的精神的な体力のなさは俺を助けてくれる。
すなわち俺は絶対に過労死しない。さっさと逃げて辞めるというメンタルしかないし、メンタルがバカ真面目だとしても体調のほうがすぐにやられるから。
無理ができない。もちろん人並みのこともかなりの苦労だ。頭痛のせいが半分、習慣と性格でもう半分。

大学にいい先生たくさんいる。主に語学。俺はサボり魔として扱われてんのかな、心配されてんのかな。どちらにしろ俺が行っている行為としては裏切りなんだ。
とても悲しい。好意によって授業が行われてるわけでもないし、こっちは金払ってる。だけど俺の欠席によってどんどん人間関係が悪化するのが悲しい。
俺はけっこうがんばって授業受けている。だからかなしい。

他の大学に行った同級生に相談した。俺が浪人なので彼のほうが学年がひとつ上である。彼は1年前期の取得単位数がゼロだから名実ともに先輩となりうる。
取れるやつだけとっていけ、と言われた。取れるやつあんのかな。必死こけばいけるだろうが、おれの感覚的に、必死の在庫がもうない。

そうなんだよ。必死とか甘えずにやれ、なんて言葉は俺に突き刺さる。無理をしろ、とかも。
「まだやれるだろ?」って自分を追い詰められる感覚がしない。いつも甘えてるんじゃないよ、現に必死こいて大学行っていた。必死の効果が切れてしまって、「まだやれるだろ?」?いやもうだめだ。寝かせてくれ。だけど俺はほんとうにもうやれないかはわからない。
実際まだやれるかもしれない。でも俺がつぎの段階の必死を用いたら血管がいよいよ切れるかもしれないし論理的思考が消えるかもしれない。
「死ぬ気でやってみろ、死なないから」死んだ人は主に最先端国家であるところの日本国にたくさんいました。死ぬ気でやって死んじゃった人はそれを言葉で残すことができないだけ。
俺がどれくらいきついのか誰も俺もわからない。実はこのくらい追い詰められてんのが大学生にとっては普通で、俺は甘えだけで軽度の鬱になっているのか?
不当に休んでいるやつもいるだろうし、だから俺は不当なことはしない、動ける間は動くぞと考えて、結局止まってしまった。俺はよくわからない。
動くべきなのか、止まってていいのか。答えなんてなくて、ただ俺が動けない間はずっとこれに悩まされるはずだ。結果、現実逃避気味になってしまう。現実は何の答えも持っていないのに。
動くために休んでいるという確証が自分でもない。いや自分の中ではあると言いたいが人に同じことは言えない。俺は口だけ野郎と散々言われてきた。もう宣言する気力もない。人に急かしてもらうのもあまりに成功しないので罪悪感しか生まない。

動けないということを解決するために動くことが必要なのだからまぐれできっかけを掴むしかない。まぐれのために無理をして平衡感覚がへんになるくらい頑張ったけどまぐれは無かった。こんどは何をしようか。
俺史上でも屈指の悪文になってしまった。そしてこんなに書いてもちっともさっぱりしない。くそ。そのうちがんばる。

何が言いたいかっつーと休んでいいのかわからない人はとりあえず休もう。休んで解決はしないが死ぬよりはいい。ただしポジティブに休め。そうすればたぶん甘えたクズじゃないよ。仮にクズでも自分が無事ならいいしね。