気の持ちよう

気の持ちようってあるじゃない。

何度も何度も言っている通り今人生の下り坂のまっただ中だ。急斜面だ。45°だ。
起きた瞬間に「くそが」などと思うようになってしまった。
中学の頃、朝早起きしただけでも「うはwww学校行くまでに3時間余裕あるしwww無敵wwww」などと言っていたが、そういう何もかもがうまくいきそうなテンションにならない。

自分のことを自覚できた一年だった。良いところも悪いところも。
ただ良いところってのはこれまで実現できていない妄想に近いものが大半で、悪いところはこれまでにやらかした現実の事象が元になってる。
いいところを認めてくれるのは自分だけだ。

自分は苦しいながらも何とかやれるって人間じゃなかった。
調子が良ければ夏休みの宿題は開始から3日くらいで終わるのに、宿題放置したまま残り3日だと終わらない。
抜けだすということが難しい性格、というかメンタルだ。

極端だから高校入ったあたりで何かをきっかけに再起不能になった。
無理に動こうとするほどメンタルがボロボロと崩壊した。強いられるほどになおさら動けなくなった。

だから、宿題の期限をいろんな言い訳付けて延長してもらったことがある。無理はいけないと思って。
浪人である。そしてダメだった

気の持ちようで何とかなるのか?どうにかできるのか?
たぶん何かをきっかけに真人間に戻ってくることができる、が、今の調子だと先に寿命が来る。
外からやって来るきっかけでは間に合わない。自分の中にきっかけを作るために無理をしなけりゃならん。しかし無理もできない。できなかった。
俺がどんなに吐き気や頭痛や鬱を訴えても熱は出てないから同情されない。
気の持ちようってのがわからなくなった。笑顔を作ると心も笑顔になる的なやつと同レベルの迷信に見える。

「気の持ちよう」という言葉、メンタルが崩れ始めた当初は無理をするために使っていた。
気の持ちようでなんとかなる人間は、気の持ちようなんて考えなくてもなんとかなる。俺は違った。
自分自身が使っていた言葉に自分が適合しないとわかった時のくるしさばかりを学んでいる今年。